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まなざしの倒錯

 年が明けてから延々と苦しめられてきたレポートもついに終わったと言うことで、昨日神奈川芸術劇場で開催されていた冨安由真展|漂泊する幻影を見に行って来たので、その感想を簡単にまとめておければと思います。

 はじめに、 開催概要について簡単にまとめておきます。場所は神奈川芸術劇場、期間は2021年1月14日[木]〜31日[日]ということでもう終わってしまうのが非常に残念です。今回の展覧会のコンセプトは「冨安は、絵画、インスタレーション、ビデオなどによる多様なメディアを用いて、不可視なものに対する知覚を鑑賞者に疑似的に体験させる作品を制作しています。通常ならば演者が存在する劇場という場所において、「不可視なもの・確かでない存在」をテーマとする冨安が初めて挑む劇場での新作インスタレーションです。*1」ということで、後述しますが、このコンセプトにあるとおり、劇場という場所が創作の中でとても有効に機能していたように感じました。

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 それでは本題に入っていくのですが、今回の展覧会には普通の展覧会とは異なる点がいくつもありました。それを象徴的に表すのが次の写真です。

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 この写真であるように、この展示会は基本的に真っ暗な部屋の中で行われ、 作品に光が当てられているといった構成になっていました。さらに面白いのが、この部屋には複数の作品があるのですが、その作品のすべてに光が当たっているのではなく、一つ一つの作品に順番に光が当てられていたと言うことです。そのため、観者はスポットライトを追いかけるような形で作品を鑑賞することになります。このような作品を追いかけるという構図は、静物を鑑賞するという一般的な芸術鑑賞と比べて画期的だったように思えます。特に、展示の中で動物の剥製が置かれていたこともこの展覧会の動的イメージを駆り立てます。

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 加えて、この作品を追って動くというアクションに、この展覧会ではさらなる意味が付与されています。そこにおいて重要な要素となるのが音です。この会場では、光の場所が変わる際にはその合図となるかのように、鳥の鳴き声や草の揺れる音など、自然の音が流れます。そしてこれらの音が流れたとき、観者はみな動きを止め、耳を澄ませます。こうした過程は、今や人類の歴史に埋没してしまった狩猟時代のヒトのあり方を私たちに想起させます。これは言い換えると、私たちが人間という動物と一線を画した存在であることをやめ、ヒトとして彼等と同化することにつながります。このことは、人間の暮らしの中に動物の剥製が配置されるというこの作品の構図とも対照的です。

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  こうして、人間と動物の垣根が揺さぶられた上で、この展覧会ではさらなる揺さぶりが行われます。それがこの記事の表題にもなっているまなざしの倒錯です。先ほどこの展覧会における作品鑑賞の視点がまるで狩猟をするかのようであったということは述べましたが、この狩猟的な視点だけでは、人間とその他の動物の関係は狩る側と狩られる側、より抽象化すれば見る側と見られる側で固定化されています。こうしたまなざしの一方通行性がこの展覧会では解体されているのです。こうした揺さぶりを生み出すのが光と暗闇です。先ほどから書いているように、この展覧会では移りゆく光を追って観者が移動していくのですが、その光の動きはランダムです。そのため、観者は光が当たったオブジェクトを見つけたらそちらの方向に一斉に動き出します。しかしながら、こうした動きが実は一様ではありません。

 今回の展示では一つの作品に光が当たっている時間は比較的長く設定されているため、観者はある作品が照らされている間に暗がりの中にある他の作品を見に行くこともしばしばです。こうしてほかの作品の近くにいるときに、偶然次のスポットライトが向いたとき、まなざしの倒錯は生じます。他の観者がその作品に向かって一斉に向かってくるその瞬間、衣擦れや足音が迫ってくるその瞬間、彼はまるで自分が狩られる側に回ったかのようなそこはかとない恐怖に包まれます。さらに、こうしたまなざされるものとしてのあり方は、暗闇によって増幅されます。なぜなら、光の当たっているオブジェクトの近くにいる観者にとって、暗闇から迫ってくる他の観者の姿はほとんど見ることが出来ない一方で、その彼の姿は他の観者に明瞭に映るからです。

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 こうして本来一方的にまなざす側になれるはずの展覧会の場において、一方的にまなざされる存在となる恐怖、いわばまなざしの倒錯が光と暗闇を巧みに使いこなすことで再現されていました。非常に面白い展示であっただけに、この記事を読んで仮に興味を持っていただいたとしてももう終わってしまっていることが非常に残念です。以上をもちまして大変稚拙ではありますが、展覧会レポートとさせていただきます。お読みいただきありがとうございました。

*1:冨安由真展|漂泊する幻影特設ページ

冨安由真展 | 漂泊する幻影 | Yuma Tomiyasu | Shadows of Wandering

より